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新潟地方裁判所 昭和44年(ワ)482号 判決

原告 財団法人新潟血液銀行

被告 国

訴訟代理人 近藤浩武 中島尚志 滝泰男 佐藤等 長谷川孝 ほか三名

主文

被告は原告に対し金二七一万四九二七円および内金二四六万四九二七円に対する昭和四二年一月一日から、内金一〇万円に対する昭和四四年一〇月一日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

この判決は第一項に限り原告が金九〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求める裁判

(原告)

1  被告は原告に対し金六二一万四四〇〇円および内金五四一万四四〇〇円に対する昭和四二年一月一日から、内金一〇万円に対する昭和四四年一〇月一日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

(被告)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の宣言は相当でないが、仮執行の宣言を付する場合には担保を条件とする執行免脱の宣言。

二  原告の請求原因

(一)  原告は、昭和三一年四月一七日旧薬事法による医薬品製造業の登録を受け(その後昭和三六年二月一日新薬事法の施行に伴い同法附則四条の規定により同法による医薬品製造業の許可を受けたものとみなされた)、昭和三一年五月から新潟市白山浦二丁目一七一番地で保存血液の製造および供給を業としていた(以下本件既存施設という)財団法人である(なお、昭和三一年六月二五日採血及び供血あつせん業取締法-以下単に法という-が制定されたのに伴い、同法附則二項により同法による採血業の許可を受けたものとみなされた)。

(二)  原告は、その業務の一環として新たに新潟市東大通一丁目一二番地北陸ビル内に採血施設=預血ルームを設置することとし(以下本件採血施設という)、昭和三九年九月一四日新潟県知事を経由して厚生大臣に対し法四条にもとずく採血業の許可の申請をし、これに対し厚生大臣は昭和四一年一二月七日右申請を許可した。

(三)  しかし右の許可は、この種の申請に対して許可するか否かを決するのに通常必要とされる期間、すなわち申請後二、三か月間を著しく超過し、申請後八一四日(二年三か月近く)を経てようやくなされたものであつて、右許可の遅延は違法であり、右の期間の遅延につき右許可事務を所掌した厚生省薬務局細菌製剤課の職員らに故意または少くとも過失があつたから、被告は国家賠償法一条によりこの許可の遅延により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(四)  原告の損害は次のとおりである。

1  採血施設設置場所賃借料 金一七二万八〇〇〇円

原告は、昭和四〇年七年の採血業の開業を目指し、昭和三九年七月一五日、訴外北陸不動産株式会社から前記北陸ビル七階の一劃三二坪を、賃料月額金九万六〇〇〇円で賃借したが、昭和四〇年七月から昭和四一年一二月まで(なお、許可は一二月七日であるがそれまで遊休させていた施設を稼動させるため開業準備に同月末日までを要した)一八か月間開業ができないまま支払を余儀なくされた金銭。

2  右賃借に伴う共益費用負担金(清掃費、暖冷房費、その他) 金四八万九六〇〇円

月額坪当八五〇円、三二坪分の前同様一八か月分。

3  借入金利息等 金一七五万六八〇〇円

原告は、右賃借の施設費、運営費等として昭和四〇年六月二九日株式会社日本不動産銀行から金一〇〇〇万円を、利息日歩二銭八厘の約定で借受けたが右借受は訴外新潟県信用保証協会の保証のもとになされ、原告は同協会に対し日歩四厘の保証料を支払う約定をした。したがつて原告は右借入金につき利息および保証料として合計日歩三銭二厘の金銭の支払を余儀なくされたが、その前同様一八か月間の金銭。

4  医師加藤信治の給料 金一四四万円

右施設での採血業務を担当する専従医師として昭和四〇年七月一日給料月額八万円の約定で雇入れた同医師の前同様一八か月間の給料。

5  弁護士報酬 金八〇万円

本件の損害賠償請求に対し被告は不当に抗争するので原告は原告訴訟代理人を選任し、本件訴提起時(昭和四四年九月一一日)の契約で着手金として金一〇万円を支払い、また昭和四八年一〇月二一日の契約で本件の第一審判決の言渡時に金七〇万円を支払う旨したが、その合計額。

(五)  よつて原告は被告に対し、右1ないし5の合計金六二一万四四〇〇円およびそのうち1ないし4の合計額金五四一万四四〇〇円に対する不法行為の後である昭和四二年一月一日から、そのうち5の支払ずみの金一〇万円に対する原告から原告代理人に支払つた日の後である昭和四四年一〇月一日からそれぞれ支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する被告の答弁

請求原因(一)、(2)の事実は認める。

同(三)の事実のうち、本件許可が申請後八一四日(二年三か月近く)を経てなされたこと、許可事務を所掌したのが厚生省薬務局細菌製剤課の職員であることは認めるが、その余は争う。

厚生大臣の従来の採血業の許可申請から許可までの所要日数の運用(いずれも併せて医薬品製造業の許可申請と許可があるもの)は、日赤および地方公共団体の血液センターについては最短三日、最長四二九日であり、民間血液銀行については最短九六日、最長六三四日である。本件の許可申請から許可までの八一四日間はこれらと比較して多少長期にわたつているが著しく長期とはいえない。

同(四)の事実は知らない。

同(五)は争う。

四  被告の反対主張

仮に本件の許可申請から許可までの期間が、通常この種の申請に対する許否を決するのに必要とされる期間を著しく超過したとすれば、その遅延については次のような正当な理由があつたものであり違法とはいえない。

(一)  本件申請当時の背景として、次のような事情がある。血液製剤の原料を入手する方式については献血、預血、返血、買血の四種があるところ、わが国の保存血液の供血方法は買血方式によりはじめられたが、買血方式には種々弊害が伴うのでその取締法規として昭和三一年六月二五日法が制定された。そして政府は昭和三二年三月一日各都道府県知事あて厚生省薬務局長通知をもつて採血業の許可申請にあたつては新設の血液銀行の採血は預血、返血の方式により行わしめること、また既存の血液銀行に対しても遂次この方式によることを指導することとした。

しかしその後もわが国の供血は大部分が買血によりなされていたが、買血の弊害、すなわち頻回採血による供血者の貧血傾向、血清肝炎の多発等は保存血液の需要の増加とともにますます顕著となり、昭和三八年から同三九年の初めにかけて最悪の状態となつて世論のきびしい批判を浴び、国会でもこの問題がとり上げられた。そのため政府は昭和三九年八月二一日「献血の推進について」と題する閣議決定を行ない、可及的速やかに保存血液を献血により確保する体制を確立することとし、献血の受入れは日本赤十字社(以下日赤という)に行なわせ、日赤の血液センターの整備が困難な地域については地方公共団体の血液センターをもつてこれにあたらせることとした。

本件の許可申請がなされたのは右の閣議決定後間もない時期にあたる。

(二)  本件申請によると、本件採血施設においては採血はすべて預血によつて行ない、月間一八万ミリリツトルの採血をしようとするものであつた。しかしそれまで原告が本件既存施設で行なつてきた保存血液製造の原料血液の採取は昭和三八年度はその九六・七パーセント、同三九年度はその九二・二パーセントを買血にたよつていたから(勢い本件採血施設においても採血は買血にたよらざるを得ないと思われる)、右採血予定量をすべて預血によつて確保することは不可能であると認められ(原告方での本件申請前一年間の預血による採血量は月平均二万〇〇一六ミリリツトルにすぎない)、法四条二項二号の「申請者が採取しようとする血液の供給源となる地域において、その者が必要とする量の血液の供給を受けることが著しく困難であると認められるとき」にあたる事由があつた。

(三)  また、原告は保存血液の製造、供給等を業とし、これらの事業を行なうことによりその運営資金を獲得していたものであるところ、右(二)記載の事情に照らすと、法四条二項三号の「申請者が営利を目的として採血しようとする者であるため被採血者の保護に支障をきたすおそれがあると認められるとき」にあたる事由があつた。

(四)  また原告において、本件採血施設につき本件の採血業の許可申請のほか医薬品製造業の許可申請をしなかつたことが、本件採血業の許可申請に対し許可を与えることの妨げとなつた。すなわち、

1  法四条による採血業の許可申請の適格を有する者は薬事法一二条の許可を受け法三条各号の血液製剤その他の医薬品の製造業を営んでいる者であることが必要であるから(法附則二項参照)、ある場所で採血業の許可を申請しようとする者はその場所ですでに血液製剤の製造業の許可を受けている者であるか、少くとも採血業の許可と同時に医薬品製造業の許可を受けうる見込みのある者であることを要し、厚生省は従來採血業の許可申請をする者は同時に医薬品製造業の許可申請をするように行政指導し、原告もまた、本件申請に際し、本件施設において採血業のみならず併せて医薬品製造業をも行なう目的をもち、本件採血施設の完成後(完成は昭和四〇年六月三〇日)直ちに後者の申請をする予定であつた(昭和三九年九月二八日付新潟県知事の厚生大臣あて本件申請の進達書にもその旨の記載がある)。

そこで本件許可事務を所掌する厚生省薬務局細菌製剤課の係官(以下厚生省係官という)は原告から医薬品製造業の許可申請があるのをまつて、採血業および医薬品製造業の許可申請に対し一括して審査しようとした。

しかるに原告は前記本件採血施設完成後も医薬品製造業の許可申請をしなかつたため、本件の審査ひいては許可が遅れるに至つた(右のとおり原告の場合最後まで両許可の申請を必要としたのであるが、後記のとおり厚生大臣は最終的にはその自由裁量により本件の許可をした)。

2  なお、右の両許可の申請が必要であるかどうかに関連し、厚生大臣は移動採血自動車に対しては、昭和三九年一〇月二九日までは、採血業の許司申請と共に医薬品製造業の許可申請をさせ両許司を与えていたが、その後は後者を不要とし採血業の許可のみで採血業務を行わせている。右は移動採血自動車が採血した血液をその日のうちに母体血液センターに搬入し、同車内では保存血液の製造を行なつていないことに着目した法の運用の変更である(もつとも移動採血自動車の設置は民間血液銀行にまで認めると濫造配備され、買血による弊害を助長するおそれがあつたので、日赤と地方公共団体立の血液センターのみに認めることにした)。

しかし、原告の場合は本件採血施設において採血業務のほか保存血液の製造業をも行なおうとしたのであるから、移動採血自動車方式を適用することはできない。

3  また、厚生大臣は採血に関して昭和四〇年四月から法五条に基き法四条の許可を受けた血液センターを対象とし実施日、場所を指示して行なう出張採血(オープン採血)方式を実施し、また、昭和四一年三月から厚生大臣の自由裁量として採血業の許可のみで足りる採血出張所方式を実施した。これらはいずれも出張先では採血のみを行ない、採取した血液はその日のうちに母体血液センターに搬入しなければならないことにし、出張先では医薬品の製造をしないことにしたうえでの法の運用の変更(法四条の許可申請適格を緩和した運用上の便宜措置)である(もつとも前者は特定の日赤および地方公共団体立の血液センターを対象とし、後者は原則として日赤および地方公共団体立の血液センターを対象とした。民間血液銀行を対象としなかつた理由はほぼ前記と同じである)。これによれば前者は医薬品製造業の許可のみならず採血業の許可も不要となり、後者は医薬品製造業の許可が不要となる。

しかし、原告は前記のように本件施設において採血業のみならず保存血液の製造業をも併せ行なおうとしたものであるから、右出張採血方式や採血主張所方式を適用することはできなかつた(ちなみに、原告に対する本件許可も、本件施設においては採血業のみを行ない、採血後の血液はその日のうちに母体新潟血液銀行に搬入し、保存血液製造行為を行わないこと等の条件を附してなされたものである)。

4  原告は昭和四一年三月一五日付で薬事法一九条に基き製造所の構造設備変更届を厚生大臣に提出し、本件施設においては採血業のみを行う旨の届出をした。原告の意図は本件採血施設においては医薬品製造業を行わないことを明らかにすると共に、採血出張所方式を原告に適用して貰いたい考えと推測された。しかし当時買血を主体とする民間血液銀行である原告の保存血液製造量のうち、預血によるものの比率は一五・四パーセント、一か月五万三二〇〇ミリリツトルと低く、原告の予定する月間一八万ミリリツトルを預血のみで確保することは困難と考えられ、また買血による弊害をもたらすおそれがあり法四条二項二号、三号に該当すると認められ、また本件採血施設において保存血液の製造を伴うおそれがあつたので本件採血施設に対しては採血出張所方式を適用しないこととし、当初の方針通り医薬品製造業の許可申請をするよう指示した。

なお原告がいうように、被告が昭和四一年二月一七日前記変更届の提出を原告に指示した事実はない。仮に指示したとしても結局右方式を認めないことにしたのであるから医薬品製造業の許可申請を指示したことは何ら不当でない。

5  なお、右のように血液行政の実施に関し、日赤について他の民間法人との間に取扱上の差異を設けたのは、日赤の業務の沿革、特殊性、高度の公共性、国内的および国際的地位、従来の実績などを考慮した合理的差別である。

(五)  以上本件申請については(二)ないし(四)の問題点があつたが、厚生大臣は原告がすでに本件既存施設で資格を得て採血業および医薬品製造業を営み、採血に伴う保健衛生上の危害の防止および供血者の保護等についても十分な認識を有することから、採血についての世論の批判、社会状勢の変化に照らし、その自覚によつて将来近いうちに許可を与えるに必要な状況の改善が見られることを期待して直ちに却下することなく許可を保留した。

その後(二)、(三)については、社団法人日本血液銀行協会が昭和四一年一月から供血者の登録制を実施し、同年四月から供血者一人一回の採血量を二〇〇ミリリツトルないし四〇〇ミリリツトルに制限することを実施するなど血液銀行側の買血自粛の傾向が見られたことに伴い、原告も昭和四一年四月以降預血が大体四〇パーセント前後を占め、預血による保存血液製造量も一か月九万ミリリツトルと安定し、しかも増加する傾向を示すなど採血状況がとみに改善されたので、本件申請に許可を与えても預血、返血の方式によつて運営が可能と認められ、供血者の保護に支障をきたすおそれがないと認められる状況となつた。

また(四)については、原告は最後まで医薬品製造業の許可申請をしなかつたのであるが、右にのべた状況の改善がなされたことと、他方本件採血施設において製造設備のない預血ルームはすでに設置され、また原告は本件採血施設が許可されれば一年以内にすでに医薬品製造業の許可を受けている母体血液銀行と統合をはかることを確約していたので、原告の場合最後まで併せて医薬品製造業の許可申請を必要とし、厚生大臣は採血業の許可を与える法律上の義務はないのであるが、その自由裁量により本件施設に前記の採血出張所方式の適用を認めることとし、前記のとおり昭和四一年一二月七日、前記の条件を付して本件申請を許可したものである。

なお厚生省薬務局細菌製剤課長が本件採血業の許可申請に対し内諾を与えたことはない。

五  被告の反対主張に対する原告の答弁

(一)  被告主張(一)の事実は認める。

但し、買血の弊害の発生は大都市の無責任な商業血液銀行の横行を長年放置してきた行政の怠慢による結果である。

(二)  同(二)の事実のうち、原告の本件申請によると、本件採血施設において採血は預血のみにより月間一八万ミリリツトルを確保しようとしたこと、原告の本件既存施設における昭和三八年度および昭和三九年度の原料血液中買血によるものの割合が主張のとおりであつたこと、原告方での本件申請前一年間の預血による採血量の月間平均が主張のとおりであつたことは認めるが、その余は争う。

原告の本件既存施設における買血の割合が高いこと、預血の割合が低いことは、本件既存施設が買血を主にした採血をしてきたことからして当然であり、何ら被告の主張を裏付けることにはならない。

原告は本件既存施設における業務開始以来、新潟県における唯一の保存血液生産事業体として、県当局の指導のもと極めて良質な保存血液を供給してきたが、本件申請当時新潟県においては保存血液の需要量の三分の二以上を県外の粗悪な製品に依存していたため、新潟県知事は昭和三八年一一月年々増加する需要量に即応する血液の地域自給態勢を確立するため採血施設の増設を指示し、本件採血施設はこの指示にもとづく新潟県血液事業推進対策協議会が策定した計画の一環として設置が計画され、本件申請がなされるに至つた。

本件採血施設(預血ルーム)は、その交通の便、立地条件、設備内容のいずれを見ても極めて良く、また従来新潟市内における唯一の採血施設であつた本件既存施設が、もともと立地条件がよくないうえ昭和三九年六月の新潟地震等で甚大な被害を受け保存血液の製造機能が大巾に低下していたこともあつて、本件採血施設の早急な開設がまたれていた。

本件採血施設における預血による予定採血量月間一八万ミリリツトルは前記の新潟県血液事業推進対策協議会が是認した新潟県の年次別採血計画から割出された採血量であつて、これまでのべた各事情に照らしその確保は決して困難ではなかつた。仮に初年度に右計画採血量を確保することができないとしても、原告の従来の実績、新潟県における右の血液事清からすれば右採血量は努力目標として十分意義があり、法四条二項二号にあたる事由があるとはいえない。

仮に本件採血施設について形式的には右の規定にあたる事由があつたとしても、厚生大臣は法の運用として日赤および地方公共団体立の血液センターに対しては原告と同様あるいはそれ以上の不備があるにもかかわらず右の規定にあたらないものとして短日時に許可を与えておりながら、民間血液銀行である原告に対してはこれと差別して許可を保留することは憲法一四条に反する疑い

があり許されない。

(三)  同(三)の事実のうち、原告が保存血液の製造、供給等を業とし、これらの事業を行なうことによりその運営資金を獲得していたことは認めるがその余は争う。

原告はもともと営利を目的とする法人ではなく公益を目的として設立された財団法人である。そして買血を主として行つてきた本件既存施設においても前記のように良質な保存血液を生産し、また昭和三一年の開業の当初から供血者の登録制度を実施するなど、頻回採血の防止および供血者の保護等に意を用いてきた。その他五の(二)でのべたような事情に照らし法四条二項三号にあたる事由があるとはいえない。

仮に本件採血施設について形式的には右規定にあたる事由があつたとしても、厚生大臣は法の運用として前同様日赤および地方公共団体立の血液センターに対しては容易に許可を与えながら、原告に対してはこれと差別して許可を留保することは憲法一四条に反する疑いがあり許されない。

(四)  同(四)の前文の事実のうち、原告が医薬品製造業の許可申請をしなかつたことは認めるがその余の事実は否認する。

1  (四)の1については、厚生省が本件申請当時まで採血業の許可申請をする者に対し併せて医薬品製造業の許可申請をするよう行政指導していたこと、原告が本件申請当時医薬品製造業をも行う目的をもち、被告主張の本件採血施設完成後その許可申請をすることを予定し、被告主張の進達書にその旨の記載があつたこと、原告がその後も後者の許可申請をしなかつたこと、厚生大臣が本件の許可をしたことはいずれも認めるが、その余は争う。

原告が本件申請に際し採血業の許可串請のほか医薬品製造業の許可申請をもする予定であるとしたのは、もともと原告がそれを希望したのではなく、当時厚生省が採血行為は保存血液製造工程の一部であるとして医薬品製造行為であるとの解釈(旧解釈)をとり、両許可が必要であるとの行政指導をしていたので已むなくそれに従おうとしたものである。ところが厚生省は昭和三九年一〇月三〇日以降従来の解釈を改め、採血は保存血液の原料採取行為であつて医薬品製造行為ではないとの解釈(新解釈)をとり、採血行為につき採血業の許可のほかには医薬品製造業の許可を不要としてからは、原告は本件採血施設においては採血のみを行うことを明らかにして許可の陳情をくり返し、それ故後者の許可申請をしなかつた。採血行為に後者の許可が必要でないことは、これなくして本件許可がなされたことからも明らかである。

2  (四)の2については、厚生大臣が、被告主張のように、移動採血自動車の設置を認め、当初は採血業の許可と医薬品製造業の両許可を必要としていたが、その後後者の許可を不要として法の運用を変更したこと、右移動採血自動車の設置は日赤および地方公共団体立の血液センターにのみ認め、民間血液銀行に認めていないこと、はいずれも認めるが、その余は争う。

被告は民間血液銀行を日赤や地方公共団体と比較していわれなく差別し、民間血液銀行の業務を抑圧しようとするものであり、憲法一四条、二二条、二九条に違反する疑いのある運用であつて許されないところである。

3  (四)の3については、厚生大臣が主張のような出張採血方式、採血出張所方式(ただし後者は昭和四〇年八月からである)を実施したこと、前者は法五条の指示によるもので医薬品製造業の許可のみならず採血業の許可をも不要とし、後者は医薬品製造業の許可を不要とする法の運用の変更であること、これらの方式を実施する対象は被告主張のような日赤または地方公共団体立の血液センターであつて、民間血液銀行を対象としなかつたこと、原告に対する本件許可に主張のような条件が付されていたことは認めるが、その余は争う。右の出張採血方式は法律上の根拠のない行政指導によるものである。

また民間血液銀行に対するこのような差別抑圧が許されないことは前記と同じである。

4  (四)の4については、原告が主張のころ主張のような構造設備変更届を提出したこと、原告の意図が被告主張のとおりであつたこと、当時の原告方の保存血液製造量のうち預血によるものの比率と量が主張のとおりであつたこと、その後厚生省係官が原告に対し医薬品製造業の許可申請をなすように指示したこと、は認めるが、その余は争う。

右の構造設備変更届は本件既存施設の増設の届出であつて本来本件申請とは関係ないが、原告は厚生省係官が昭和四一年二月一七日ころ原告に対し右届出をすれば近く本件申請の許可がある旨指示したのでやむなく届出をした。その後厚生省係官は、さらに態度を変え、同年六月四日、原告に対し本件申請のほか医薬品製造業の許可申請をするように指示したが、原告はこれに応じなかつた。

(五)  同(五)の事実のうち、原告が本件既存施設で資格を得て採血業および医薬品製造業を営んでおり、採血に伴う危害の防止や供血者の保護等に十分な認識を有すること、厚生大臣が本件申請に対する許可を保留したこと、社団法人日本血液銀行協会が主張のころ、主張のような登録制や制限を実施したこと、原告の昭和四一年四月以降の預血の割合、預血による保存血液製造量、増加傾向が主張のとおりであること、原告が最後まで医薬品製造業の許可申請をしなかつたこと、原告が本件採血施設において主張のような預血ルームを設置し、また主張のような統合をはかる旨約束したこと、厚生大臣が本件採血施設に採血出張所方式を適用して、主張の日に主張の条件を付して本件許可をしたこと、はいずれも認めるが、その余は争う。

法四条による許可は法律による行政の原則に基く覊束裁量行為であり、厚生大臣は、本件申請につき同条二項二、三号の除外事由がない以上すみやかに許可をしなければならないのに、厚生省係官は、本件申請以来原告に対し、

イ  昭和三九年九月二八日預血による採血を条件とする旨の誓約書の提出を指示し、

ロ  同四〇年一月九日ころ、それまでの本件申請を了承する態度をくつがえし、同一市内に二か所の採血施設の設置は好ましくないとして計画の再検討を命じ、

ハ  同年二月一〇日本件採血施設と本件既存施設との統合を慫憑し、

ニ  昭和四一年二月一七日薬事法一九条に基く構造設備変更届の提出を指示し、

ホ  同年三月一五日本件採血施設と本件既存施設との統合の時期を本件許可後一年以内とする誓約書の提出を指示し、

ヘ  同年六月四日本件申請のほかに医薬品製造業の許可申請を指示し、

ト  同年一一月二八日本件既存既設における買血を本件許可後一年以内に廃止する旨の誓約書の提出を指示するなど、

法律上の根拠がないのに、これに優先させて何ら合理性も一貫性もない行政指導をなし、しかも徒らにこれを変更して本件許可を著しく遅延させた(このような態度は禁反言の法理または信義誠実の原則の精神からも許されない)。一方厚生大臣=原生省係官は日赤ないし地方公共団体立の血液センターに対しては、その申請に種々の不備があるにもかかわらず、極めて短期間に審査しかつ許可を与えているのであつて、厚生大臣=厚生省係官がこのような態度をとつた真の意図は、前記閣議決定以来日赤に対して血液事業についての独占的地位を確立きせる一方、前同様原告ら民間血液銀行を日赤や地方公共団体と差別しその業務の抑圧を図ろうとした政治的意図によるものとして憲法一四条、二二条、二九条に違反する疑いが濃く、また本件許可の保留による遅延は裁量権の範囲を逸脱し公権力の濫用として、正当な理由のないことは明らかである。

六  証拠関係〈省略〉

理由

一  原告がその主張のように本件既存施設において旧薬事法による医薬品製造業の登録を受け(その後新薬事法による医薬品製造業の許可を受けたものとみなされ、また法による採血業の許可を受けたものとみなされ)、保存血液の製造および供給を業としていたことは当事者間に争いがない。

二  原告がその業務の一環として本件採血施設を設置することとし、昭和三九年九月一四日その主張のように本件の採血業の許可申請をし、これに対し厚生大臣が申請後八一四日(二年三か月近く)を経た同四一年一二月七日許可をしたことは当事者間に争いがない。

原告は右申請から許可までの期間は通常この種の審査に必要とされる期間を著しく超過し違法であると主張するところ、弁論の全趣旨によれば従来厚生省係官による採血業の許可申請に対する審査は書面審査が原則で実地調査は例外であつたことが認められ、採血業の許可申請に対する調査事項はそれ程複雑多岐にわたるものではないと推認されること、申請人である原告はすでに本件既存施設において昭和三一年五月から保存血液の製造および供給をしていたのであるから、右審査にあたり原告のこの種事業についての知識、経験、経営能力、事業遂行にあたり法四条二項各号所定のおそれがあるか否か等の判断はこれら事業に未経験な者が新規にこれを始めようとするのを審査するのに比べれば、より容易であると認められること、本件の許可までの所要日数は、被告の自認する従来の採血業の許可申請から許可までの所要日数の運用のうち、日赤ないし地方公共団体立の血液センターの最長期間はもちろん、民間血液銀行の最長期間(それらはいずれも採血業の許可申請と併せて医薬品製造業の許可申請もなされたものである)と比較しても(それらは必らずしも適法妥当というわけではない)、はるかに長期間な要しているばかりでなく、〈証拠省略〉により認められる本件と同一またはその周辺地域である新潟県関係の採血業の許可申請九件(いずれも本件申請の後に申請された日赤関係のもの、うち移動採血自動車四件)についての許可までの所要期間がいずれも一か月前後であることと比較して甚だしく長期間を要していること、を総合すれば、本件申請から許可までの審査に要した期間はこれに必要とされる合理的な期間を著しく超過するものであつて、右許可の遅延は特別の事情の認められないかぎり違法であるといわなければならない。

三  被告は本件許可の遅延については正当な理由があるから違法とはいえないと主張するので、以下に検討する。

まず個々の論点に入るに先立ち本件申請当時の背景をみると、被告主張(一)の事実は当事者間に争いがない。これによれば、当時は、それまでの買血を主体とする民間の血液銀行を中心とするわが国の保存血液の供給方法が政府の預血、返血方式の指導にもかかわらず変りがなく、その弊害が重大、深刻な社会問題となつたため、政府が昭和三九年八月二日の閣議決定により従来の血液行政を大きく転換させ、日赤または地方公共団体を中心とする献血による供給体制を確立しようとしていた時期であつて、わが国の血液行政が大きな転機に差しかかり早急に効果的な方策を提示、実行することを迫られていた変動の時代であつたということができる。

四  被告は、原告には法四条二項二号にあたる事由があつたと主張する。そして原告が本件採血施設で預血のみにより月間一八万ミリリツトルの採血をしようとしたこと、それまでの本件既存施設における採曲が大部分買血によるものであつたことは、当事者間に争いがない。

ところで右規定において心要量の血液の確保が著しく困難であることを許司の除外事由の一つにあげているのは、そのような場合には申請人の経営基盤が脆弱であるため経営の安定を欠き、勢いこれを維持するために無理が生じ採血業務に種々の弊害を伴うことになり、ひいては法一条の目的に反するに至ることを防止しようとするにあると解される。この見地から見ると、採血業の許可の申請人が申請にあたり掲げている予定採血量の確保が確実とまではいえなくとも、そのうち相当量の確保が見込まれ、その経営基盤に不安がなく、右にのべたような弊害の生ずるおそれが認められないときには、法四条二項二号にあたらないものと解するのが相当である。

これを本件について見るのに、原告が本件採血施設においてその予定採血量月間一八万ミリリツトルを当初から確実に採取し得たであろうことを認めるに足りる証拠はない。しかし、〈証拠省略〉によれば、原告は本件申請当時新潟県における唯一の保存血液生産事業体として、量的には県内生産量のすべてであり、かつ県内需要量の約三〇パーセントを生産し、質的には、厚生省が国立予防衛生研究所に依頼してなした昭和三八年中および昭和三九年中(第一、二回)の各検査の結果によれば、全国的に見て最上位または上位という良質な保存血液を生産し、県当局の信頼も厚かつたこと、当時、県ではその需要量の約七〇パーセントを県外産の製品に依存していたが、移入保存血液による血清肝炎の発生等の弊害の防止と年々増加する需要に即応する血液の地域需給態勢を確立するため昭和三八年ころから県内における採血施設の増設を検討し、県内需要見込量の八〇パーセントを県民の献血および預血により確保することを目標とし、その方法として、日赤・県支部に移動採血自動車および血液センターを設置し、当時国で検討中のオープン採血制度が採用されればその設置をも予定してその三二パーセントに相当する四八〇〇リツトルを確保し、また原告に本件既存施設および本件採血施設(その設置が許可されるものとして)の双方でその四八パーセントに相当する七二〇〇リツトルを確保することを目標とする計画をたてたこと、本件申請は県の指導と支援(原告の融資につき協力依頼や県として厚生省に対ししばしばの早期許可方の陳情をしたことも認められる)を受け、その計画の一環としてもなされたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

また〈証拠省略〉によると、本件採血施設は東新潟地区である新潟駅前の大通に面した交通は至便であり、広大な東新潟地域と多数の人口をその営業区域内に収めることになつて立地条件が良く、設備内容も良好であつたこと、また当時新潟市内の採血機関は西新潟地区の本件既存施設のみであつたが、同施設は昭和三九年六月の新潟地震等により甚大な被害を受け採血能力が低下していたこともあつて、本件採血施設の開設がまたれていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

また弁論の全趣旨によれば、本件採血施設における採血予定量月間一八万ミリリツトル(一八〇リツトル)は、前記の県の採血計画を参考にして割り出された採血量であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

これらの事情を併せ考えると、本件申請当時原告が本件採血施設においてその予定採血量の相当部分を預価により確保しえたであろうこと、またその後それが年々増加するであろうことが認められ、これに原告自身のそれまでの血液事業の経験、実績、県当局の指導、支援をも考慮すれば、本件採血施設の経営基盤につい

ての不安はなく、法の防止しようとする採血に伴う弊害の生ずるおそれはなかつたものと認められ、法四条二項二号にあたる事由はなかつたと認めるのが相当である(ちなみに本件許可の遅延に関し行政監察官が厚生省を調査した結果の回答書である〈証拠省略〉によれば、本件許可の遅延の理由に関しては、厚生省の血液行政に関する指導方針は原則として預血、売血を取扱わないこと、売血による弊害を防止するため民間法人による新たな採血場所(出張所の設置)については日赤および地方公共団体の血液センターとは同一に取扱わないこと、本件採血施設についても原則として採血の外医薬品製造業をも含めた申請をするよう指示しているが、未だに原告からこれら申請書の提出をみていない旨記載されているが、法四条二項二号にあたる事由があつたとの記載はされていない)。

五  被告は原告の本件申請について法四条二項三号にあたる事由があつたと主張する。

しかし原告が公益を目的として設立された財団法人であることのほか、四でのべた各事情によれば「申請者が営利を目的として採血しようとする者であるため被採血者の保護に支障をきたすおそれがあると認められるとき」にあたる事由はなかつたものと認めるのが相当である(ちなみに〈証拠省略〉によれば、法四条二項三号にあたる事由があつたとの記載はされていない)。

六  次に被告は原告が本件採血施設について採血業の許司申請のほかに医薬品製造業の許可申請をしなかつたことが本件許可を与えることの妨げとなつたと主張し、原告が本件申請当時採血業の許可申請のほか医薬品製造業の許可申請をもする予定であり、新潟県知事の厚生大臣あて本件申請の進達書にもその旨の記載があつたこと、しかし原告は結局医薬品製造業の許可申請をしなかつたこと、はいずれも当事者間に争いがない(原告が当初の方針を変えて医薬品製造業の許可申請をしないこととしたいききつについては、本件申請当時まで厚生省が採血業の許可申請をする者に対し併せて医薬品製造業の許可申請をもするように行政指導をしていたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告は当初右のような厚生省の方針に則つて両許可の申請をしようとしたが前者の申請に対する審査は書面審査が原則であるのに対し後者の申請に対する審査は運用上実地調査が必要とされていたところ、本件申請当時本件採血施設の設置を予定した前記北陸ビルは未だ建築工事が完成していなかつた関係で(完成は昭和四〇年六月三〇日)、とりあえず前者の申請をし、右施設完成後後者の申請をする予定であつたところ、後記のような移動採血自動車、出張採血、採血出張所方式の採用などこの問題をめぐる厚生省の行政指導方針がめまぐるしく次々と変り、また後記のように厚生省係官から構造設備変更届の提出を指示された後、本件採血施設のうちの保存血液製造設備を撤去してしまつたため、その後は医薬品製造業の許可申請をする意思は全くなくなつたことが窺われる)。

ところで右の被告の主張は二つに分けて検討すべきである。すなわちその一は、採血業の許可申請にあたつては併せて医薬品製造業の許可申請をすることが法律上の適法要件であるのに原告がこれをしなかつたから法律上本件の許可をすることが妨げられたという主張であり、その二は、併せて後者の申請をすることは法律上の要件ではないが事実上これをしなかつたことが、本件の審査ひいては許可が遅れたことを正当化するとの主張である(なお被告は昭和四四年一二月一七日付準備書面(一)においては被告が本件申請と併せて医薬品製造業の許可申請を慫憑したことは本件許可が遅れたこととは関係がないといい、同四七年六月一六日付準備書面(八)においては本件許可が遅れた第一の理由は原告が医薬品製造業の許可申請をしなかつたことにあるというなど、この問題についての主張は必らずしも一貫していない)。

その二の主張は後に検討することとし、ここではその一の主張について考える。法四条その他関係法規を調べてみても、採血業の許可申請にあたり併せて医薬品製造業の許可申請をすることが法律上の要件となつていること、いい換えれば後者の許可申請をしなければ前者の申請が不適法になるという根拠は見出せない。もし後者の許可申請が前者の許可申請の適法要件であるとすれば、審査はまずこの点に向けられるべきであり、原告が後者の申請を結局しないというのであれば、直ちに本件申請を却下すべきものであり、被告のいうように許可を保留したり裁量的に許可をする余地はない。右の主張は理由がない。

七  次に前記のその二の間題を検討することになるが、この点については次項において次項の問題と併せて判断する。なお被告はその二の問題に関連して、原告が本件の申請にあたり、医薬品製造業の許可申請をもする予定であつたから、厚生省係官はその申請をまつていたため本件の審査が遅れたというが、この主張は理由がないと思われる。けだし、厚生省係官としては許可申請のあつたものについてだけ審査すべきものであり、たとえ他に許可申請の予定があるとされていても、実際にその申請がされない限りないものとして扱うほかはないからである。もし医薬品製造業の許可申請をするかどうかの点を確かめたいというのであれば、本件採血施設の完成後原告に問い合せてその意思を確認することは極めて容易なことであるから(弁論の全趣旨によれば当時原告がこれに応じなかつたとは考えられない)、その労を惜んで本来審査すべき案件を長期間放置することは許されないというべきである。

八  次に被告の反対主張を通覧すると(とくに(一)、(四))、被告の主張のうちには以上の諸点について被告の主張が理由がないとしても、当時の社会状態およびこれに伴い血液行政において法の運用が変化してきた状況の下においては、本件の許可申請から許可までに著しい長期間を要したとしても已むを得ないものであり正当な理由があつたとする主張を含んでいると解されるので、前記のその二の問題と併せて次のように判断する。

まずこれらの問題を考えるにあたつて考慮すべき事項を拾いあげてみることとする。

A  血液行政一般

イ  本件申請当時の背景としては、昭和三九年八月二一日の閣議決定により従来の民間血液銀行を中心とした買血を主体とする現状を前提としての血液行政から日赤または地方公共団体を中心とした献血推進体制へと大きく行政を転換きせた時期であつたこと(前記のとおり)、

ロ  右のことと関連し、厚生省の血液行政の重点は、従来の許認可および監視事務に偏つたものから、被採血者の健康保護(いわゆる黄色い血液に対する)健康な血液の確保、輸血後の血清肝炎の発生防止等医療面の措置の整備などへと転換きせようとし、その具体的方策を早急かつ強力に進めることを迫られていたこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

ハ  右の方策の一つとして、厚生大臣は被告主張のように日赤および地方公共団体立の血液センターに移動採血自動車を認め、当初は同一場所について採血行為と血液製剤製造行為とを切りはなさず採血業の許可と医薬品製造業の許可との両者を必要としたが、昭和三九年一〇月三〇日からは後者を不要として法の運用を変更したこと(当事者間に争いがない)、

ニ  厚生大臣は、昭和四〇年四月から被告主張のように特定の日赤および地方公共団体に対し出張採血(オープン採血)を実施し、これには法五条による指示で足り、前記の両許可を不要として法の運用を変更したこと(当事者間に争いがない)、

ホ  厚生大臣は、昭和四一年三月から被告主張のように原則として日赤または地方公共団体立の血液センターを対象とする採血出張所方式を実施し、これには医薬品製造業の許可を不要として法の運用を変更したこと(右の時期以降になされたことは当事者間に争いがない)、

ヘ  右の採血出張所方式を実施したころ、厚生省において採血行為は血液製剤(医薬品)の製造行為ではなく原料採取行為であるとする取扱が一応固まり、昭和四一年三月の全国薬務主管課長会議でこれを公にし、以後この医薬品製造業の許可を不要とする方式を民間血液銀行に対しても認めて行くようになつたこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

B  原告の本件申請に関することがら

ト 原告は、本件申請前本件既存施設において買血を主体とする保存血液の製造方法をとつていたこと(当事者間に争いがない)、

チ しかし原告は公益を目的とする財団法人であるうえ、その製造された保存血液は極めて擾めて良質であつて原告については商業血液銀行についていわれるような買血による弊害は認められなかつたこと(前記のとおり)、

リ 本件採血施設は新潟県当局の指導と支援のもと県当局の血液行政の一環としても計画されたものであること(前記のとおり)、

ヌ 本件申請に先立ち、昭和三九年二月ころ原告が新潟県当局を通じて本件申請に対する厚生省当局の内意を打診したところ、厚生省係官から好意的む返答があつたこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

ル 原告は本件申請の時点では、当時の行政指導にしたがい北陸ビル内の本件採血施設完成後医薬品製造業の許可申請をもする予定であつたこと(前記のとおり)、

ヲ 昭和四〇年一月九日ころ、厚生省係官は原告に対し従来の好意的な態度を変え、同一市内に二か所の採血施設の設置は好ましくないとして計画の再検討を指示したこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

ワ 同年二月ころ厚生省係官は原告に対し本件採血施設と本件既存施設との統合を慫慂し、原告はこれに応じて将来両者の統合を図る旨の書面を厚生大臣に提出したこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

カ 昭和四〇年六月三〇日本件採血施設の工事(北陸ビルの工事)が完成したこと(前記のとおり)、

ヨ 昭和四一年二月一七日ころ、厚生省係官は原告に対し薬事法一九条に基く構造設備変更届の提出を指示すると共に本件申請に対する許可を示唆したので、原告は同年三月一五日ころ右変更届を提出すると共に本件採血施設のうち保存血液製造設備は不要になつたとしてこれを撤去したこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

タ 同年三月ころ、厚生省係官は原告に対し本件採血施設と本件既存施設との統合の時期を本件許可後一年以内とする誓約書の提出を指示し、原告はこれに応じて同月一五日これを提出したこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

レ 同年六月四日厚生省係官は原告に対し本件申請のほか医薬品製造業の許可申請を指示したが、原告はこれに応じなかつたこと(日時の点を除いては当事者間に争いがなく、日時については〈証拠省略〉により認められ、これに反する証拠はない)、

ソ 同年八月一二日ころ、原告は本件許可の遅延について新潟行政監察局に監査の請求をなし、同年九月二九日ころこの調査結果の通知を受けたこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定に反する証拠はない)、そして右調査に対する厚生省当局の回答の内容は前記のとおりであること、

ツ 同年一一月ころ厚生省係官は原告に対し本件既存施設における買血を本件許可後一年以内に廃止する旨の誓約書の提出を指示し、原告は同月二八日これを提出したこと(〈証拠省略〉により認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない)、

ネ 同年一二月七日厚生大臣は被告主張の条件を付して本件許可をしたこと(前記のとおり)、

右の各事情によると、厚生省当局は、血液行政一般についても、前記の閣議決定を境として、従来の民間血液銀行を中心とし買血を主体とする血液供給の現状を前提とした血液行政(その間に前記のように預血、返血の指導もしたが、効果的ではなかつた)を、日赤または地方公共団体を中心とした献血推進体制の確立へと大きく変更し、これに伴つて具体的にも日赤および地方公共団体立の血液センターを中心にして移動採血自動車の配備、出張(オープン)採血、採血出張所の実施など次々に新らしい採血方式を実施し、その間関係法規についての行政解釈を変更して採血行為に関しても従来の採血業および医薬品製造業の両許可を必要とする取扱から、あるいは法五条の指示で足りるものとして、両許可を不要とし、あるいは後者を不要として採血業の許可のみで足りるとしたことなどが認められるのであつて、そこには行政の大きな転換と変動を見ることができる。また原告の本件申請に対する厚生省当局の態度は、当初好意的態度であつたものが、昭和四〇年に入つてからは一転してきびしい態度となり計画の再検討や本件既存施設との統合を慫慂したりあるいは指示し(ヲ、ワ、タ)、昭和四一年に入つてからは構造設備変更届の提出を一且指示して(ヨ、その趣旨は必らずしも明らかでない)原告をして本件採血施設から保存血液製造設備を撤去するに至らしめた後、今度は医薬品製造業の許可申請を指示し(レ、これも前記の行政解釈の変更の経過に照らすと、この時期にこのような指示をすることはいささか理解に苦しむ)、最後に本件申請のみに対し(被告主張の条件を付してではあるが)許可を与えている(ネ)など大きな動揺と混乱が認められる(被告が本件審査ないし許可の遅延について実際にはどの点を一番問題にしていたのかも右の経過を見ると必らずしも明らかでない)。このような本件申請に対する行政の動揺と混乱に、前記の血液行政一般の転換と変動が大きく影を落していることは推察するに難くない。

ところで、本件許可申請は法四条にもとづく採血業の許可申請であり、基本的には厚生大臣=厚生省係官は、原告の本件採血施設に対し法四条二項各号の除外事由があるか否かを検討し、これにあたらなければ許可を与えるべきものであり、法律上必要な審査は以上の審査を中心とすべきものである。このことは前記のような社会状勢や血液行政の変遷の中にあつても変るものではない。そしてこの見地から見るとき原告について右の除外事由の認められないことは前記のとおりであり、また右の審査事項のみに限局すればそめ審査にさほど長期間を要すると考えられないことはすでにのべたとおりである。

しかしながら本件許可申請のなされた当時、買血の弊害が大きな社会問題となり、前記の閣議決定がなされ、血液行政が大きな転換期にさしかかつていたこともまたすでに見たとおりである。このような状況の下において血液行政の衝にあたる者としてはその後の具体的方策を模索し、種々の計画をたて、実施し、その利害得失を見ながら運用に工夫を加え、次第に一定の方向付けを固めて行くということもまた必要かつ已むを得ないプロセスであるといわなければならない。そして事柄が血液行政という重要かつ複雑な問題であるだけに右のプロセスに要する期間もまたある程度長期に亘らざるを得ないと思われる。このことはその結果の是非いかんの問題とは別個の問題である。本件申請に対する本来の審査事項が前記のとおりであるとしても、右のような状況の下においては、右のような行政上の検討に必要と認められる期間内は審査が遅延しあるいは結論を出すのを留保していたとしても、巳むをえない事情というべきであり、このような関係を度外視して本来の審査事項を審査するに通常必要な期間を著しく経過すれば直ちに違法となると解するのは相当でない。

しかしその反面において、右のことは厚生省当局が本件の申請に対してどのように動揺し、どのように混乱した態度をとつてもまた審査にどのように長期間を要しても已むを得ないものとして宥恕すべきことを意味するものではない。前記のような流動的な状況下にあつたことを前提とし、これに対処するための検討を要する期間として客観的に見て已むを得ないと認められる期間を経過したときにはすみやかに許否の決定を下すべきであり、これを徒過して決定が遅延したときには違法と評価すべきことになるのであり、またその場合期間の徒過について担当官に故意または過失があるものと認めるのが相当である。

これを本件について見ると、前記の経過に照らすときは、本件採血施設が完成(昭和四〇年六月三〇日)する前はもちろんのこと(原告も本訴においてそれ以前の違法は主張していない)、本件の審査には申請にかかる施設の完成をまつて審査すべきこともあると考えられるから、完成したからといつて直ちに審査に必要な期間が経過したものと見るべきでないのみならず、これに前記のような流動的な状況を加味するときは昭和四一年三月(同月採血出張所方式を実施し、また採血行為が血液製剤の製造行為でなく原料採取行為であるとする取扱を全国薬務主管課長会議で公にしたのであるが、このころには行政解釈を含めて厚生省のその後の行政方針が一応固まるに至つたと認められる)までは客観的に見ても閣議決定後の流動的な状況に対処するための検討に必要であつた期間としてこの期間内に本件の許可をしなかつたことも巳むを得なかつたと認めるのが相当である(そうであるとすれば、右の期間内は前記のような日赤または地方公共団体立の血液センターに対する比較的短期間になされる許可の運用と結果的に異なることになつても、それが直ちに違法であるとか、原告のいう憲法の各条項に反するものとは認められない)。しかし、同月を経過した後においてはもはやそのように認むべき理由はなく、著しい期間の徒過として違法と評価すべきものである。したがつて被告の主張は、右期間の経過前については理由があるというべきであるが、右期間の経過後については理由がなく採用することができない(前記の、原告が採血業の許可申請のほか医薬品製造業の許可申請をしなかつたことが本件許可を与えることの妨げとなつたとする主張のうちその二についても、右の説示に照らし、そのような態度も昭和四一年三月までは違法とまではいえないが、同年四月以降は違法と評価すべきことになる)。

九  よつて昭和四一年四月以降本件許可が遅延したことは違法であり、また右の説示に照らし、右許可の遅延についてその審査を担当した厚生省係官の故意または過失があつたと認むべきであるから、被告は右の遅延により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

そこで原告の損害を検討する。

1  採血施設設置場所賃借料 金七八万六五八〇円

〈証拠省略〉によれば、原告主張のとおり原告は本件採血施設とするため北陸ビルの一劃三二坪を賃料月額金九万六〇〇〇円で賃借したことが認められ、この認定に反する証拠はない。そして前記の説示に照らせばそのうち昭和四一年四月一日から同年一二月六日(許可の前日)までの分合計金七八万六五八〇円(一二月分は日割計算、円未満切捨て)が本件と因果関係のある損害と認められるが、その余はこれを認めるに足りる証拠がない。

2  右賃借に伴う共益費用負担金(清掃費、暖冷房費) 金二二万二八六四円

〈証拠省略〉によれば、原告主張のとおり右賃借に伴い月額坪当り金八五〇円(月額合計金二万七二〇〇円)の右負担金を負担したことが認められ、この認定に反する証拠はない。そして前同様そのうち昭和四一年四月一日から同年一二月六日までの分合計金二二万二八六四円が本件の損害と認められるが、その余はこれを認めるに足りる証拠がない。

3  借入金利息等 金八〇万〇〇〇〇円

〈証拠省略〉によると、原告はその主張のとおり金一〇〇〇万円を利息日歩二銭八厘で借受け、また日歩四厘の保証料を負担したことが認められ(合計日歩三銭二厘)、この認定に反する証拠はない。そして前同様そのうち昭和四一年四月一日かち同年一二月六日までの分(二五〇日)合計金八〇万〇〇〇〇円が本件の損害と認められるが、その余はこれを認めるに足りる証拠がない。

4  医師加藤信治の給料 金六五万五四八三円

〈証拠省略〉によれば、原告主張のとおり原告は同医師を一か月金八万円で雇入れたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そして前同様そのうち昭和四一年四月一日から同年一二月六日までの分金六五万五四八三円(円未満切捨て)が本件の損害と認められるが、その余はこれを認めるに足りる証拠がない。

5  弁護士報酬 金二五万〇〇〇〇円

〈証拠省略〉によれば、原告は原告訴訟代理人との間にその主張のような合計金八〇万円の弁護士報酬契約を締結し、そのうち金一〇万円を昭和四四年九月中に支払つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。本件事案の内容、審理の経過等に照らし、そのうち金二五万円をもつて本件と因果関係のある損害と認むべきであるが、その余はこれを認めるに足りる証拠がない。

一〇  してみると、本訴請求中、右1ないし5の合計金二七一万四九二七円およびそのうち1ないし4の合計金二四六万四九二七円に対する不法行為の後である昭和四二年一月一日から、そのうち5の支払ずみの金一〇万円に対する支払の後である昭和四四年一〇月一日からそれぞれ支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、なお仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺達夫 奥田 孝 須田賢)

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